模造クリスタル先生のファンタジー漫画の感想です。
<感想>
あらすじとしては、主人公のスペクトラルウィザード(以下スペちゃん)はかつて魔術師ギルドに所属していたが、そこがテロ組織として認定され、その組織に対抗するために騎士団が結成され、魔術師ギルドは壊滅、魔術師達は逮捕、または処刑されスペちゃんは逃亡生活を余儀なくされているといった内容です。
なんか、ここまで書くとシリアスな内容かなとは思いますが、どっちかというとアンニュイな趣で、追っ手の騎士団との追いつ追われつ的話にはならなくて、騎士団に所属している「ミサキちゃん」を呼んで、自分が購入したぬいぐるみを見せびらかしたりしてのどかな感じ。
でも、ミサキちゃんがちょっとひどくてスペちゃんを始末する為の銃「アンチエクトプラズム弾」をスペちゃんに撃ちこむけど、彼女には効かなくて、ここでスペちゃんが「ゴースト化」能力を持っている魔術師である事が明かされる。
彼女の能力が「ゴースト化」っていうのがポイントで自分の所属していた魔術師ギルドが壊滅してしまい彼女はすることが無くなってしまったんですね。で、自死することも無く、彼女の能力がただこの世をさまよっている存在である事のメタファーになっているんですね。
「あの頃に戻りたい、孤独を言葉でしか知らなかったあの頃に」という台詞が切なくて、人によっては彼女の置かれた状況に自分を重ねる人も多いでしょう。
ある日、騎士団が「長い大きい影の記憶」という世界を滅ぼせる魔導書を発見し、スペちゃんはそれを奪う。でも、スペちゃんはその魔導書を使わないのはたぶん、スペちゃんが仮に男だったら「はーっはっはっ、これで世界を滅ぼしてやるぞ!」みたいな展開もあったんじゃないかと思いますが、せっかく手に入れた魔導書を彼女は結局騎士団に、人質に取られたぬいぐるみと引き換えに返してしまう。
ミサキちゃんから「なんでゴーストの状態のままにしないの?」と問われ「ゴーストの世界には何もないんだ」とスペちゃん。この「何かが終わってしまって、それでも生きなければいけない事のけだるさ」が終始この作品を覆っています。第1巻では、彼女の他に分身能力を持つ「カオスウィザード」が居て、彼女は自分の分身を7体作り出す事が出来て、それは「自己完結」のメタファーになっていて、他人と絡みづらい彼女の性格を表している。
魔術師ギルドが存在していた頃は、彼女は落ちこぼれ扱いされていたけど、他の魔術師達が破滅していくなか自己完結型の能力を持っている彼女は、その能力故に今となっては自由な存在になっているという「関係性の逆転」が描かれ、「この世界は狂ってるのさ」と言い放つ彼女、実は正しく世界を認識している。スペちゃんと違って彼女は、「長い大きい影の記憶」を使って世界をめちゃくちゃにしてやろうと思っている。
魔術師という、かつてスペちゃんが所属していた組織からすれば、カオスウィザード(以下カオちゃん)の考えは正しいんだけど、スペちゃんは興味が無くてやる気もない。ここら辺の描写、カオちゃんが学生運動の夢が破れたのに、未だに革命の夢に固執している団塊の世代や、カウンターカルチャーの夢に固執している海の向こうのヒッピーの生き残りみたいに見えたりもします。
そしてスペちゃんはミサキちゃん達を守る為にカオちゃんと対決する。そもそも騎士団は何故こんな危険な魔導書を取っておくのかスペちゃんが聞くと「取っておけと命令されたから」という答えが返ってくる。ここで、騎士団は正義の味方でもなんでもなく、魔術師との勢力争いに勝利を収めた暴力組織でしかない事が明かされてなんだかなーと。「大ボスのいない世界」というモチーフは、今日的ですね。
まあ、スペちゃんもスペちゃんで「純粋魔法の研究は何よりも尊いのだ」と発言するので彼等は根本的には相容れない存在同士。スペちゃんがカオちゃんから魔導書を奪うけどその理由は「使ってしまったら、その魔導書を作った者の努力が無駄になるから」で、決して世界の為にやっているわけではない。「裏切り者」とカオちゃんにののしられ、スペちゃんはまた孤独な生活に戻る。
仲間を裏切った自己嫌悪を抱えて。
次にでてくる魔術師は「キネロティックウィザード(以下キネちゃん)」彼女の能力は「ポルターガイスト」その能力で彼女は盗みを働き、それでなんとか生活しているけど、生きる事が不器用な子。自分が大切にしている日記をカオちゃんと取り戻そうとするけど失敗して、彼女は諦める。こういう時って普通、日記を取り返す事で己の尊厳を保つ的な展開があったりもするんですが、彼女は諦めてしまう。この漫画を覆っているアンニュイな空気はここでもまた出て来ます。
第1巻最後のエピソード「リレントレス オーバータワー」ではまた別の、世界を終わらせる魔導書を、何者かが使った為に巨大な塔が築き上げられ、その塔が伸び続けその危機の対処にスペちゃんが呼び出される。カオちゃんを裏切った自己嫌悪ですっかり現世と関わる気を失せたスペちゃんを、ミサキちゃんが引っ張り出す。嫌々ながらもミサキちゃんについていくスペちゃん、このふたりもうただの「友達」なんですよね😊
ミサキちゃんについていき、騎士団の建物に入るとそこには何故か魔術師の「クリスタルウィザード(以下クリスタちゃん)」が居る。ここらへん、「世界のでたらめさ、インチキさ」を表していて「あの戦いはいったいなんだったんだ」とスペちゃんに思わせる。伸び続ける塔をなんとかする為に物体をすり抜けるゴースト化能力を持つスペちゃんが呼ばれたんだけどそこで彼女は目に涙をにじませる。
自分たちを迫害してきた組織に呼び出されそこでかつて同じ組織に所属していた奴が偉そうに指図している事に嫌気がさしている描写で、「お前は世界を救うと同時に自分も救うのだ!」とクリスタちゃんは熱いセリフを吐くけど、叫ぶというよりかは、人身掌握のテクニックで喋っているっぽくて、どこまでもこの漫画はアンニュイで低体温で進行する。
塔に侵入し、スペちゃんを待ち受けていたのは「ガーゴイルウィザード(以下ガーゴちゃん)」で「世界の命運を賭けた熱いバトル」がこの漫画で展開されるわけでもなく、スペちゃんはガーゴちゃんにクリスタちゃんから託されたメッセージを送る。
「魔術師達は、お前のやったことを悪いとは思ってない」
と、そこで衝撃の事実が明かされて、ガーゴちゃんが魔術師達を裏切った事で、今日の状況になった。彼女が裏切った理由が、塔が築かれる魔導書を魔術師達が実際に使う事で、地球を住めなくしてしまうから、優しい彼女は魔術師達を裏切り、結果魔術師達は捕まって処刑された事が明かされ、悲嘆にくれるガーゴちゃん。
しかも魔術師達を裏切った事で、騎士団から目こぼしされ彼女は生き恥をさらす。犯行の動機は「みんなの悲願を叶えるため」で、彼女は「私がかつて失ったものは、どうしたって戻ってはこないのだ!」と叫ぶ場面は見ていて、本当に気の毒になるやるせない展開で、スペちゃんがクリスタちゃんに言われた台詞をまんまガーゴちゃんに言い、彼女を説得するカオちゃんを裏切ったスペちゃんだからこそガーゴちゃんの気持ちに寄り添えてなんとか世界の危機は回避されるけど、ここでもまたスペちゃんはかつての仲間と別れる事になる。で、塔はこれ以上築きあげられなくなったけど破壊する事も出来ずそのままに。
ここでもまた「戻ってこない」という展開が繰り返され、この作品のテーマが浮かび上がって来て第1巻は終わりますが、読み終わって「これは私の為に書かれた作品だ」ってたまに思う表現に出会う事があるんですけど、この漫画はまさしくそうでした。
終始アンニュイな空気が支配するファンタジー漫画
おススメです\(^o^)/